小中高校の卒業アルバムを捨てた後「自分のと、好きだった子の写真だけ撮っておけば良かった…」と思ったかどうか?
今のところそう感じてません。
捨てたのは2014年で、僕はまだスマホを持ってませんでした。
別にどうって事ありません。
感情がこもっている品は人によって違うからです。
僕には学校生活の思い出はどうでもよく、むしろ…
中学卒業後、バイトして買ったギターは捨てられません。
写真を撮って捨てろと言われても嫌です。
これからも使いたいですし。
思い入れの強い物は、無理して捨てなくていいでしょう。
ただ捨てれば良いのではなく、残った物に自分の価値観を見るのです。
「自分とは誰か」を知る手立てとなるのです。
物が少なければ、一つ一つの物の価値は高まります。
それぞれが目立つので、周りと調和があるかどうかも問題になります。
つまり物を減らす、選ぶのは難しいと分かります。
多くの物がある場合、それぞれの価値は下がります。
全体の調和もなく、ごちゃごちゃした感じです。
「どうでもいい」という感じになってしまいます。
それぞれの価値が低く、どうでもいい雰囲気の中で、ごちゃごちゃした中で暮らしたいですか?
その人の人生、価値観が垣間見えるようです。
自分がなく、宣伝に煽られるまま、信じて購入してしまうのでしょう。
煽られても断っていいのです。
「そんなもん、いらねー」と言うと、気持ちいいです。
自分に必要なければいらない、自分が決める、自分中心の判断です。
「みんな」という雰囲気を作って売りつけるのが、マーケティングです。
それに乗るのが大衆、乗らない人は賢明です。
また別の流行りを作らないと「食っていけない」のがマーケターだからです。
マーケターに嵌められただけの物は、捨てましょう。
反対に「自分の気持ち」に忠実になり、手放すべきでないものもあるのです。
自分の気持ちを大切にするといいと思います。