シドニーでお店をしていた頃、アートペッパーのアルバム「
Among Friends」をよくかけていました。
キッチンからフロントを覗くと、一人の白人男性が音楽に併せて体をゆすってました。
その僕の視線に気づいた彼は…
「Yeah, Art Pepper, man!」
とサムアップしてきました。
「アートペッパー好きだぜ、最高」
「昔シドニーに来たとき観に行ったぜ」
などと話して来ました。
「ついでにいうと、俺もサックソフォーニストなんだぜ」
とニコニコしながら店先で話が盛り上がりました。
「俺もギター弾くんだよ」
と話すと、ちょっと男は表情を変えました。
「実はさ、今サックスが無いんだよ」
「???」
「質に入れた」
「そうなんだ…」
「それでよ、もしできたら$60貸してくれないか?そうしたらサックスを取り戻せるし、ギグできるんだ」
僕は少し話している間に作業が遅れた事を気にかけていました。
そして面倒な話になってきたので、切り上げたかったのです。
「あー金の話ね、ごめん」
といって終わらせようとしたら、血相を変えて
「頼む!この通りだ、バンクカードを渡しておく。信用してくれ、俺も商売道具がなけりゃ食っていけねえんだ。明日必ず返すから」
と、何ともみじめで可哀想なのと、早く仕事に戻りたい、忙しいのと、お金なら当時は問題なかったので、これで終るならと…
「オーケー、明日持ってきてくれよー」
とお金を手渡しました。
するとすぐにまた上機嫌に戻り、喜びながら消えて行きました。
キッチンに戻って作業をしながら考えました。
「あれって典型的なジャンキーじゃねーか?」
「忙しすぎて頭も働かず、情に流されてしまった…」
そう思いつつも、すぐに忘れてしまいました。
とにかく速く動かないと作業が追い付かないので…
翌日、男は戻ってきました。
また上機嫌でした。
「昨日はありがとう、実はまだ$20足りなかったんだ。貸してくれる?」
それでやっぱりただのジャンキーだったと思いました。
「だめだ」
「だめ?」
「本当にサックスのためか?ヤクか何か欲しいんじゃねえか?」
「違う、違うんだ」
といいながら、
「$20くれ、頼むよ~!」
僕は$20を取り出して、
「これで最後だ、二度と戻ってくるな!」
と言い放ち、キッチンに戻りました。
「引っ張られるより$20捨てた方がマシだ…」
とつぶやきながら、何とか忘れようとしました。
でも、しばらく忘れられませんでした。
それ以来、ペッパーを聴くと、男の事を思い出すようになり、面倒になりました。
「そういえば、当のアートペッパー本人もジャンキーでムショ暮らしだったなあ…」
「そういえば、「Among friends」はムショから出て復帰した頃の録音だったなあ…」
「そういえば、ペッパーはガーデナ出身(ロスの僕の住んでいた所の近く)だったよなあ…」
「そういえば、ガーデナに住んでた○○さんも絶対ジャンキーだったよな…」
色々連想してしまい、面倒になりました。
この度、ペッパーを聞いていたわけでもありませんが、突然当時の事を思い出しました。
今思い出すと、また別の視点で考える事ができました。
忙しくて、疲れていた僕が悪かったのですが、ストーリーテラーとして彼は上手かったのかなと。