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6/13/2019

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「言葉を文字にして、行動し、その言葉の意味を確認する行為が大切」だと「モノづくり原論」という本に書かれていました。
会話だけでは忘れてしまうからです。
しかしよくあるコピーのような漠然としたものではダメです。
「水と生きる」「そうだ京都、行こう」みたいなのは意味不明過ぎです。
イメージだけを売りにしている言葉には、受け取る側で意味が変わります。
具体的で、しかも行動しなければいけません。
行動したあとで、その言葉の意味を再考し、定義していくのです。
聖書は旧約聖書の時代から神学として成り立っていました。
理論の裏付けもしっかりしている事、それが日本の宗教との絶対的な違いです。
「信じる心は素晴らしい」程度の言葉だけでは「何を信じているのか?」「どうして信じるのか?」「信じるに値するものか?」が分かりません。
「先祖を敬う」「何かを信じる」これは当たり前過ぎです。
​人として当たり前の気持ちに訴えているに過ぎません。
聖書の場合、今もなお神学は時代と共に進化しています。
というか、今こそ太古の不思議が解き明かされつつあります。
太古から書き残して来たからこそ出来るのです。
これまでの常識が覆され、教科書も全て騙しだった事が、近い将来には解るでしょう。
もちろん全ての学問が騙しとは言いません。
でも、聖書に限らず、自分に関する事も全て、結局は自分で吟味せよ、と教えられているような今日この頃です。
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