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JPBR

9/29/2019

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ブラジル人に動画で日本語を教える時、「バカか?」と思えるほど単純に見せます。
そうでないといけないのです。
反応力をつけるためです。
「文字通り、どうやって日本語を覚えるか教えてやる」
と100円ショップに行き、付箋を見せます。
「まずはこれを買うんだ」と恥ずかしいですが、自撮りします。

帰宅し、付箋に「トイレ」と書くところを見せます。
「トイレくらいは知っている人はいるよね?じゃあ知ってる人は”トイレに行く”と書こう」
とアルファベットの読み方も交えて話します。

そして、トイレに向かいます。
ドアにばしっと貼り、「これでよし、これからはトアレッチではない。トイレだ!毎日3回くらいはこれを目にするだろう、そして口に出して言うのだ」
これくらい単純に教えています。

「日本語は難しくて分からない」
「日本語を勉強しないといけない」
「学校に通わないと」

などとみんな言うのです。
それは幻想です。
それは言い訳です。

勉強などしなくても、できる事は沢山あります。
学校で勉強しても、使わなければ忘れます。
学校の生徒は同じく日本語の分からない外人なので、先生以外と話せばまがい物を聞くことになります。

大切なのは、その場にいて目にした時、日本語になるか?です。
本を読んでいては、そうなりません。
紙の上は、リアルではありません。

生活の中で、仕事の中で、その瞬間で覚えていくしかないのです。
それには繰り返しです。
単純な事の繰り返しです。

幸い、彼らは死ぬほど退屈な単純作業には強いです。
だからこそ、変な勉強など無意味なのです。
ひたすら繰り返すに尽きるのです。

言葉は考えている時間などありません。
自動化なのです。
実はそれは彼ら自身が最も得意としている事なのです。

しかしこれが言語となると、全く別物という認識になってしまいます。
「勉強」という言葉には魔術があるのでしょうか?
何か難しく理解しないといけない、頑張らないといけない、という先入観が彼らをがんじがらめにするようです。

ここまで読んで何か共通するものがあると気づきませんか?
英語とか、ギターとか、全く同じだと思います。
難しい事は勉強しても、簡単な事が全く分からない、話せない、という事がよくあります。

一度ばからしいほど初歩的に思える所まで戻って、やり直すといいです。
最初にやった時と比べ、全く違って見えなければ、おかしいです。
実に「大切な事のほとんどは、初歩的なものに含まれていた」と気づくはずです。

付箋一つ、100円で買えばいいだけなのです。
メトロノームがあればいいのです。
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