「ミニマリズムは新しいライフスタイルではない」
幸せに生きるには、余分なモノを収集するのではなく、むしろ捨てるべきだ。
とジョシュア ベッカーは日曜礼拝で語りました。
Becoming minimalist のジョシュア ベッカーは、牧師でもあります。
彼のメッセージはゆっくりシンプルに話すので、とても分かりやすいです。
僕がよく分からなかった聖書の言葉について、解き明かしてくれました。
バプテスマのヨハネが、メシアを迎えるためにすべき事を群衆に言いました。
余分なモノを隣人に与えよ、収税人は規定の額以上を徴税するな、軍人は人を脅して揺すったりしないよう、皆持っているもので満足するように、と。
人を助けるためだけでなく、自分が幸せになるために、「メシアを迎えるためにすべきは、モノへの執着をやめる事だ」と言いました。
イエス自身も、モノへの執着を捨てる事で、豊かな命を得ると教えています。
これまでの僕の解釈だと「自己犠牲によって、貧しい人を助けてあげる事が美徳なのだ」程度のものでした。
「では、裕福になってはいけないのか?」という疑問が湧いてきます。
しかし、裕福である事と、モノに執着があるのは違う現実です。
「ミニマリストになって、その解釈に初めて気づいた」とジョシュアが言うように、実は聖書は昔から「モノへの執着を捨てなさい」と教えていました。
豊かさがあるからこそ、人に与えられるのです。
事実、ユダヤ民族の長であるアブラハムは、非常に裕福でした。
その他にも沢山の裕福な人が登場します。
特にヨブなどは桁違いに富んだ人でした。
お金がいくらあっても、豊かさを持っていなければ、人に与える事は難しくなります。
それと同時に、豊かでなければ、与える事もできません。
だからミニマリストでありながら、貧しい状態は理想ではありません。
ミニマリストは選択であり、豊かな生き方です。
僕の場合、金銭以外は豊かだと思うので、あとは執着せずにもっと稼ぐだけです。