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    バブル当時の日本でさえ、不景気のアメリカの足元にも及ばなかった…と思う

    5/2/2020

    0 コメント

     
    90年代の始めに、南カリフォルニアのサウスベイ(リドンドビーチ)に住んだ時の思い出を書きます。
    ネット以前の時代で、何の予備知識も無く降り立ったアメリカは、日本とはこんなに違うものかとショックを受けました。
    この目で見て、体験した事しか書けませんが…とにかく驚きました。
    ​
    アメリカの思い出 <img src=" style="width:auto;max-width:100%" />


    アメリカはドリーマーの国
    ​​

    みんなにチャンスが与えられている、ドリーマーの国だと感動しました。
    メンタル的な意味だけではなく、物価的にもそうでした。

    気に入った事

    • 物価が安い
    • みんな自由に生きている
    • 気候が信じられないくらい快適

    嫌だった事

    • 異常に治安が悪い
    • 自信過剰
    • 人間関係がドライ

    今回は良かった事についてシェアします。
    誰にでもチャンスがある、貧しい人にも手が届くように、物価が安いのです。

    90年、日本はバブル絶頂でしたが、アメリカの生活水準と比べると、足元にも及ばないと思いました。
    個人を尊重する事とか、自由の素晴らしさを知りました。
    その違いだけで、空気が全く違うのです。

    空気を読めではなく、「お前はどう思っているのか?」と訊いてくれる国なのです。
    お互いの違いを尊重し、違ってなければいけない事を学びました。
    日本でアウトサイダーだった僕には、それだけでもパラダイスのように感じました。
    画像


    色々と安かった
    ​

    生活していて、物質面で良かった事を書きます。

    • 誰でも安いカレッジで勉強できる
    • 運転免許証が$10
    • CDが$10〜15
    • ライヴ、コンサートが$5〜25
    • ゴルフが1ラウンド$8〜10
    • ガソリンが日本の4分の1
    • リーバイス501(オリジナル)が$19

    思い出してざっと挙げるとこんな感じでした。

    当時(90〜93年6月)の円相場は$1=107〜158円の間でした。

    その他、当時の日本と比較して驚いたもの

    • ラジオ局が死ぬほど多かった
    • ケーブルTVが死ぬほど多かった
    • セントラルヒーティング
    • 乾燥機
    • 店
    • ATM
    • 高校のテニスコートがタダで使えた
    ​
    こんな感じで色々混ぜて書きます。
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    誰でも生涯勉強できる
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    僕はたまたま音楽を専攻しました。
    音楽を学ぶ目的で渡米したわけではありません。

    本当に音楽を学びたい人はバークリーに行くでしょう。

    でも経済的な理由や、様々な障害があるのも事実です。
    そんな人たちにも、激安で勉強できる環境がありました。

    コミュニティカレッジは、誰にでも学ぶ機会を与えてくれます。
    僕が学んでいた音楽科も、仕事しながら通うのが普通でした。
    色んな人が来ていました。


    • フルタイムミュージシャンだけれど、理論を学びたい
    • パートタイムミュージシャンでスタジオの仕事もできるようになりたいから、初見のクラスで学んでいる
    • カントリーシンガーソングライターで、作曲のスキルをアップしたい
    • 軍のバンドで演奏していたけれど、リタイアしたので演奏の場を求めて
    • 教会の音楽担当の人が即興のスキルを深めるため

    …など、20代〜60代まで様々でした。

    誰でも行ける小さなカレッジですら、そういう人たちが結構いました。

    そんな学校が至る所にあるので、誰でも学びたい時に学べる環境なんです。
    みんな必要を感じて来ており、ハングリーでした。

    遊ぶ所、というイメージはゼロでした。
    ​

    またこういう人もいました。

    • 基礎や一般教養の単位を安く済ませて、有名校に編入し卒業するため
    • 主婦で学びに打ち込む時間があるため


    免許証が$10だった
    ​

    当時はたった$10でした、今は多分$35。

    「免許証は$10で取れるから、日本で取らんでいいぞ」

    と、渡米前に兄から言われてました。
    簡単な筆記テストを受けて、運転のテストだけです。
    生活に不可欠なので、簡単に受かるようでした。

    貧富の差が激しい社会では、高額な自動車学校など機能しないでしょう。
    交通ルールも、英語も分からない僕にとっては辛かったです。
    何とか筆記試験を受け、兄にテキトーに路上で運転を教えてもらいました。

    最初の路上運転試験では、3ポイントターンのやり方をすっかり忘れていました。
    いかつい黒人の試験官に睨まれ、軽く罵られ、うろたえたのを覚えています。
    画像


    土地柄ならではのファッション
    ​

    アメリカについてすぐ、兄やおばさんから注意されました。

    「ファッションがダサい…」だの「ここではもっと明るい服を着なあかんよ」

    と言われました。

    ​ビーチエリアなので、みんなサーフファッションでした。
    みんなカラフルなTシャツと半ズボン、ビーチサンダルという格好です。
    それで、近くのサーフウェアショップで買いました。

    ビーチエリアという土地柄、変かも知れませんが、普通の服屋さんとして機能していました。

    Quicksilver、Gotcha、O'neilなどのブランドが、それほど浸透しているんです。

    そこではジーンズも売ってました。
    ​驚いたのが…
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    オリジナルリーバイス501が$19
    ​

    「何だよ、こんなに安いのかよ」「日本、ぼったくりじゃねえかよ…」

    とショックを受けました。
    オリジナル501(アメリカ製)、紙みたいにぺったんこなやつです。

    最初に洗った時に、10cmくらい驚異的に縮むやつです。
    今ではあり得ませんが、オリジナルが最安でした。
    履き込むと体に馴染むので大好きでした。

    日本では80年代、8500円か8700円だったのを覚えています。
    ディスカウント店では4900円くらいで、僕も高校時代に買ってもらいました。

    ​オリジナル501は普段着の代表のような感じでした。
    ファッションと呼べるものではありません。
    ショックでした、単純にぼったくられたんだ…と。

    僕にとって最初のブランドへの疑問となりました。
    日本のイメージ戦略に乗せられないぞ、という芽生えです。


    カジュアルすぎる人達
    ​

    土地柄、堅苦しいのがみんな嫌らしく、超カジュアルでした。
    学校にも(ビーチ)サンダルで来る人が多かったです。
    お金があってもなくても、どうでもいい感じです。

    日本みたいにブランドづくしの人はいなかったです。
    僕が疎いだけかも知れませんが、ブランドのバッグは金持ちのおばさんくらいのものでした。

    「みんな持っているから、これくらい持たないと恥ずかしい」

    というのはありません。
    みんな好きな格好をすれば良くって、それに学生はみんな貧乏って感じでした。


    CD
    ​

    CDは$10〜15くらいでした。
    当時日本では、2500円とか3000円で販売されていました。
    とてもありがたく、しかも家の近くに中古CD屋もありました。

    発表されたばかりのタックアンドレスのReckless Precisionは$15でした。
    クルセイダーズのThose southern knights、Chain reactionなどは中古で$8で買いました。
    予備知識なしに買いましたが、大好きになりました。

    これまた「日本はぼったくりだな」と思いました。
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    ライブ
    ​

    初めて行ったライブが、家から15分くらいにある、EL CAMINOカレッジです。
    カレッジコンサートは安くて、$5でした。
    フレディ ハバードのクインテットでした。

    確か、ジミー(テナーサックス)とパーシー(ベース)ヒースがいました。
    ジャズ初体験で、何が何だか分かりませんでした。
    カレッジで会った、クリント エリスという、友達が連れて行ってくれました。

    彼とは今も連絡を取り合っていて、アメリカ時代のたった一人の親友です。
    ​この動画はメンバーは違いますが、同時期のものなので良かったらご覧ください。​
    画像


    伝説のドラマー
    ​

    エルヴィン ジョーンズが我がハーバー カレッジに来ました。
    それも$5だったと思います。
    当時うちの音楽科は、パーカッションアンサンブルに力を入れていました。

    ラヴィ・コールトレーンとサニー・フォーチューンがグループにいたと覚えています。
    ぐにゃぐにゃな感じに押し迫ってくる、恐怖に似た興奮でした。
    ​伝説のドラマーに会えて良かったです。

    ジョン・コールトレーンのクインテットのアルバムを聴くと、あのいかつい顔を思い出します。

    画像


    The strand

    家から車で5分ほど走った所に、サパークラブ(レストラン兼ライブショー)がありました。
    THE STRANDというお店でした、もうありません。
    ジャズ、フュージョン系の有名な人たちが出演しており、よく行きました。

    チャージは$18〜25です。
    2回のショーに別れており、入れ替えする事もありました。

    ラリーカールトン
    の地元なので、毎年観に行きました。
    家族や古い友達が来ていたようです。
    ​
    サニー ロリンズをそこで2回観れて良かったです。

    印象的だったのが、
    タック アンド パティでした。
    1stショーに行ったつもりが、アンコールがずっと続いて合計3時間立ちっぱなしで観た覚えがあります。

    立ち疲れましたが、お客に応えるサービス精神がすごかったです。

    マイルスの追悼バンド(60年代クインテット+ウォレス ルーニー)を観れたのはラッキーでした。

    チックコリア エレクトリックバンド、アルディミオラは、僕には良さがあまり分かりませんでした。

    その他にも色々と行きました。

    毎年、年越しはB.B. KINGのライブでしたが、$100もするので行けませんでした。


    ゴルフが1ラウンドが$12だった
    ​

    ゴルフは興味ありませんでした。
    兄が好きで、強制的にやらされて苦痛でした。
    夏休みなど毎日のようにラウンドして、次第に慣れました。
    ​​
    日本ではゴルフは1日がかりですが、そうではありません。
    至る所にありますし、ランチやシャワーも不要です。
    誰でも気軽にやりたい時にできます。

    しかも安いのです。
    1ラウンド$12くらいでした。
    ハーフだと確か$7〜8くらい。
    ​
    サマータイムか否かで時間が変わりますが、トワイライトタイムというのがあって、半額くらいになりました。
    午後遅いのでハーフしか回れません。
    ​
    ハーフの半額を払って、走って18ホール回れた事もありました。
    毎日行ったというのは、半額で安かったからです。
    でも仕送りの身なので、僕はしたくありませんでした。
    画像


    日本とは違い、カジュアルなスポーツ
    ​

    キャディなんてありませんし、カートも使いません。
    ファッションがどうとか、全然気にしません。
    ビーチウェアでも許してくれるコースもありました、さすがにサンダルはダメですが…

    マーシャル(見回りする人)がいなければ、Tシャツを脱いでました。
    後ろに誰も来てなければ、練習したり。
    ちょっと洒落たコースでも、ポロシャツくらいでした。

    学校の隣にもハーフコースがありました。
    ​要するに、誰でも楽しめるスポーツです。


    お金がなくても出来る、だから層が厚いのだと思います。

    音楽といい、日本と大きな違いを感じました。


    今の値段
    ​

    検索したら懐かしいのが見つかりました。
    一番安かったコースでも今は$30(平日)、$40(週末)でした。
    高額になってしまい残念です。

    こちらが値段表です。
    少し洒落たコースがこちらです。

    パロス ヴァーデスという海沿いの丘の上にあり、海に向かって打つ感じが最高です。
    値段を調べたら、安かったコースと同じでした。

    ​西海岸に旅行に行かれるなら、絶対おすすめです。
    残念ですが、亡くなった伊良部投手が住んでいたエリアでもあります。

    こちらはカレッジの隣にあるハーフのコースです。


    ガソリン
    ​

    日本の約4分の1でした。
    燃費の悪いアメリカの車、広大な国です。
    これくらい安くないと生活できないんでしょう。

    当然セルフで何もかもやります。
    ​日本ではおもてなしに慣れすぎて、いらぬところでチャージされているんです。
    ラフでいいから安くしてくれよ、と思ってました。

    今やセルフも定着しましたが、値段はまだ高いです。
    画像


    ラジオ局が音楽ジャンル別に沢山あった
    ​​

    死ぬほどありました。
    トップ40、クラッシック、ジャズ、フュージョン、カントリー、ロック、ヘビメタ、クラッシックロック、ラブソングなど…
    CDを買えない(それでも日本より随分安い)人でも、ラジオでタダで楽しめます。

    日本はFMだと音楽が多い方ですが、それでもトークがあります。
    アメリカでは、ほぼ音楽だけという感じです。
    ラジオで音楽…よく歌詞にでてくるのは本当にそれが浸透しているからです。

    僕も通学時はラジオを聞いてました。
    1号線P.C.H.(パシフィック コースト ハイウェイ)を走りながら、クラッシックロック(60〜70年代)のチャンネルを聴くのが好きでした。

    今ではポッドキャストを聞く人が多いそうです。
    音楽でなく、ドライブの時間を自分投資、勉強しているそうです。
    新車には、ポッドキャストがデフォルトで装備されているそうです。


    ケーブルTV
    ​

    MTVはトップ40、VH1も似ているけれど、たまにジャズ系もやってました。
    好きだったのは、TNTというカントリーミュージックのチャンネルです。
    ESPNやFOXスポーツやアニメ、ディズニー、クリスチャンチャンネルもありました。

    僕は言葉が分からないので、TVはあまり観なかったです。


    セントラルヒーティング
    ​

    南カリフォルニアは温暖で、暖房設備は不要だと思うのですが…
    少し冷えたかなあと思うと、自動的に床壁が温まります。
    臭いもしないし、安全です。

    アパートですら完備されてました。
    僕の家は灯油ストーブを何台もフル回転していたので、これには驚きました。
    北海道では標準らしいですが、ようやく床暖房が普及しつつある日本です。


    乾燥機
    ​

    景観を損ねるので洗濯物を干さず、乾燥機を使うのが習慣でした。
    アパートには有料のランドリールームがありました。
    一軒家にも必ず乾燥機はありました。

    ヘインズTシャツは乾燥機を想定されているらしく、干すと首元がダラダラになってしまうそうです。


    店
    ​

    ファーストフード、コンビニやスーパーなどは24時間営業が普通でした。
    ドリンクはSでも日本のLサイズなのに、お代わり自由でした。
    夜遅くは出歩かないよう努めてましたが、たまにそれらの店を利用しました。

    色んなライフスタイルの人がいるんだと知りました。
    それぞれのニーズに対応していてすごいなあと思いました。


    ATM
    ​

    90年にすでに、コンビニやスーパーにはATMがありました。
    銀行に行くことは滅多になく、お金はそこで引き出していました。
    当時は不景気でした。

    $200ドル引き出そうとしても、マシーンに現金がないという事が度々ありました。
    治安も悪く、ATMを利用する前後は緊張します。
    ヤバそうなやつはいないか?まずチェックです。

    出金してからも、車に乗るまで周りをよく見回しながら速やかに動きました。
    比較的安全な所に住んでいても、警戒しました。
    今思うと怖いです、守られて感謝です。


    高校のテニスコート
    ​

    近くのハイスクールでは、テニスコートが沢山空いていました。
    勝手に使っても良く、よく兄とテニスをしました。
    誰でも好きなだけ練習できる場所があるなんて…
    ​
    日本ではコートを予約したり、お金がかかるので、すごいなあと思いました。
    サッカーグランドが隣にあり、女子高生が練習していたのを思い出します。
    当時サッカーはマイナーなスポーツでした。

    女の子がやるスポーツだったのか、男子がやっているのを見た事がありません。


    またの機会に
    ​

    ランダムに雑多な事を沢山書いてしまいました、すみません。
    記憶力が悪く、みんなに心配されるほどですが、細かい事ならあれこれありまして…
    書き切れないので、またの機会にします。

    兄や遊びに来た友人などの話を聞けば、もっと色々と思い出すでしょう。
    田舎の若者には刺激でした。

    ​もう一度最初に戻って、感動したのは…


    誰にでもチャンスが与えられている
    ​

    僕のいた南カリフォルニアは、誰にでも機会が与えられていました。
    質の差はあります。
    しかし、きっかけすら無いという事はありません。

    とにかく色々と安かったです。
    お金がなくても、十分楽しめます。
    今の日本がデフレ続きでそうなのかも知れませんが…

    アメリカは本当にチャレンジャー、ドリーマーのための国なんだ、と感動しました。
    それが田舎者の僕の気づきでした。


    やりたい事をする
    ​

    日本は戦後から立ち直り、経済的に豊かになりました。
    ​90年はバブル絶頂でした。
    浮かれムードでしたが、当時の生活水準を比較すると、不景気だったアメリカの足元にも及ばない、と素直に思いました。

    ひいき目なしにそう思いました。
    ​
    お金がなくても色々な機会が与えられている事に驚きました。
    自由に、自分の好きな道を行く、人生はそういうものだという雰囲気でした。
    それはきっと僕の住んでいたのが、南カリフォルニアという事もあるでしょうけど。

    人目を気にせず、思い通りに生きても許される…いや、むしろそうすべきという空気の中で暮らせた事を感謝しています。

    たった一度の人生、やりたいようにやれるなら、やってみたいものです。
    それも選択なのです。
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