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クリエイティブな生き方は人間らしさの表れ

5/7/2020

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アーティストは沢山の作品を作り、その中で特別な何かが出来たりします。
全てが特別なものとはなりません。
継続する事の大切さは、そこにも見出す事が出来ます。
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日々の作業の中で生まれた傑作
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「最高傑作」とは才能ある人が、特別なインスピレーションを受け、作ったものだと思うでしょう。
僕の最も好きなギタリストの一人、ラリー・カールトンは、1976年にスティーリー・ダンの「キッド・シャールメイン」のソロについてこう語ります。

「あれは言ってみれば、いつもと同じオフィスの1日みたいなものだった」

このギターソロは「ロックギターソロの歴史のベスト3に残る」とローリングストーン誌に評されました。
そんなに凄いものであっても、「別に意識した訳ではないよ。1回録って、すぐ後にまたテープを回して録って、パンチインした」と言っていた記憶があります。

あのテイクをたった2回で済ませた事も、かなり驚異的と共に、事務的な様子も伝わります。
それより彼は、1セッション3時間×1日3回×週5日というスケジュールで、6~7年休みなしにこなしていたそうで、「インスピレーションがどうこうという感覚はない」のも分かります。

どのアーティストも、毎日働く中で、ある仕事が評価されたり、失敗したりという感じです。
要するに、ヒットを狙うとか、インスピレーションを待つとか、そんな事をしていたら余計にプレッシャーになってしまうのです。

マーケターはそこに何か「売れる物語」を作って、ファンに幻想を売りつけます。
あたかもマジックが働いたかのように…作り話でもヤラセでも書くのが仕事です。

​でも作る側からしたら、そんなの非現実的です。
​「淡々とやる」それが自然体で、余計な力が抜けて、自分らしさが出る要因となるのです。
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淡々とした日々の暮らしにすでにあるもの
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我々も同じではないでしょうか?
特別人目に触れるような仕事でなかったとしても、日々働く中で、思いもかけず評価される事があります。
また感謝されたり、責任のあるパートを任されたり…

作品と呼ぶような創造性を求められる仕事でなくても、工夫しながら働く事は当たり前です。
工夫=創造性、どんな仕事でも、クリエイティブになり得ると僕は考えています。

みんな似たようなものです。
違うのはスポットライトを浴びるかどうか。
ファンタジーを作るのは、マーケティングで、作る側ではありません。

仕事から学ぶ事は沢山あります。
段取りや、人間関係、自分のコンディション作りなど。
どんな仕事も似たような部分があるものです。

これらは自分の夢を夢で終わらせないための、強い味方になります。
夢は夢の中で生きている人にとっては、単なる現実なのです。
そしてカギは「目の前の作業を淡々とこなす」です。

夢を見る事で満足して終わっては、人生勿体ないです。
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夢の愉しみはそのプロセスにもある

仕事で得たスキルが、自分の夢を追い求めるための味方となります。
夢を現実にするには、現実になるまで細分化するのです。
​そういう事も仕事でさんざんやって来た事でしょう。

その最小単位にまでブレイクダウンされたタスクは、夢を微塵も感じさせないものかも知れません。
しかし確実に夢と繋がっている作業なのです。
奇跡でも起きない限り、それが道となってくれるのです。

その旅路を淡々と進んでいくだけです。
旅は淡々とした日々の繰り返しですが、他の仕事と同様に、ハプニングがあり、エキサイティングな事や、大きな飛躍や、出会いに恵まれる事もあるでしょう。

反対に上手く行かない事や、思ったように進まない日々もあるでしょう。
これもいつもの仕事と同様に、淡々と自分がやれる事に集中し、乗り越えて行くだけです。

いつしか旅そのものが楽しくなって、夢よりも、毎日その旅路を進む事が目的となるでしょう。
その旅は、嫌な会社のためでもありませんし、誰かと競争しているわけでもありません。
敢て言えば、自分自身と競っているだけです。

夢の成就も良いですが、プロセスにこそ愉しみがあるのです。
プロセスの時間の方が何千倍も長いのですから。

過去最高の自分(それはつまり昨日の自分)を塗り替えられるか?
1ミリでも前に進んだという実感さえあれば、満足できるものです。
その繰り返しの中で生み出されて行く作品、製品、サービスが、誰かに喜んでもらえるようになります。

ここまで来ると、世の中の成功の尺度や、ステイタスとは違った価値観を確立していると思います。
夢が叶った時、それは淡々とした現実の延長に過ぎなかったと気づくでしょう。
それは普段の自分と何ら変わらないのです。
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自分で考える事が条件
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「いますぐやれ」という一言には、このような多くのプロセスが含まれています。
結局は何事も、目の前にあるタスクを、淡々とこなすしかないという事です。
でもそれは楽しい旅路なのです。

だから誰でも出来ると言いたいです。
しかしそうとも言い切れません。
1つだけ条件があります。

「自分で考える事」です。

テレビやネットは、情報を受け身で消費する事を強いて来ました。
それで今、自分で考える事が出来ない人が多くなりました。
自分の人生は唯一無二なのに、誰かのアイデアをそっくりそのままやろうします。

成功や、夢までも、メディアからのイメージが刷り込まれただけで、終わっています。
本当に自分が欲しているものは何か?と真意を確かめる事すらしません。
自分で考えないのです。

それに、最小単位にブレイクダウンすると言っても、それをするのも自分です。
自分にとって行動可能な最小のタスクは、自分で考えるしかありません。
何が自分の弱みで、何を回避すべきか、どうやったら習慣化できるか、など。

自分のライフスタイル、価値観を知ろうとしなければ、出来ません。
それは他の人には分かりません。
もちろん金を払ってコーチでも雇えば別ですが…。

他人任せや、外付け、アウトサイドインの考えを捨て、インサイドアウトに変えるのです。


これまで継続した人に敬意を
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情報も機会もある今日では、何でも出来て当たり前とさえ思います。
しかしネット以前から、好きな事を貫いて来た人たちは、やはりいたのです。
またその時代から始めて、今まで継続している人達もいます。

僕はそういう人達を尊敬します。
淡々と、細々と、自分のすべき事をやり続けたのです。
情報も、機会も非常に限られていた時代から、情熱の火を絶やさなかったのです。

それこそプロセスを楽しんでいなければ出来ません。
そして人生のほとんどが、ゴールではなくプロセスなのです。
プロセスが人生の大半、そしてそれを楽しんだ、つまり幸せだったはずです。
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クリエイティブな生き方は人間らしさの表れ

自分で考えて、自分を知ろうとし、マネージするのは楽しいです。
それは十分クリエイティブな作業と言えます。
創造性を活かすとき、それも自分自身の人生の夢に関わる時、それは人間として好ましい状態だと思うのです。

創造性は全ての人に備えられた機能であり、使わずに生きるならば、人間らしさから遠のいて生きている事になります。
本来人間は、ワクワク楽しい感じを追い求めながら、生きるべきだと僕は思っています。

それはコトの大小とは関係ありません。
誰の人生のどんな状況であっても、創造性を活かして、与えられた状況の中で楽しく過ごす事が出来ます。
​それは矛盾するようですが、目の前の仕事に淡々と取り組んで、日々を過ごす事なのです。

その中で、カールトンのソロのように、ハイライトとも言える仕事が、時々生み出されるのです。
評価されれば嬉しいし、されなくても自分が満足できていれば、それで幸せなはずです。
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