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"コロナ終息のために求められた解決策をおこなったのに、その解決策が私と家族から全てを奪いました" pic.twitter.com/6ndh9AFgeZ
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これは、私の国でもあるオーストラリアからの公式SOSです。現地の助けを求める声をどうか聞いて下さい!!!
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第2章
新時代の宗教は、旧時代の宗教、つまりユダヤ人とキリスト教徒の宗教とは正反対のように見える。
この2つの宗教が、アメリカを軌道に乗せたのだ。
なぜなら、これらの宗教は、人間には基本的な人権があると教えていたからだ。
家族が世界の基本単位であること、私有財産の権利を信じていること、生命に対する不可侵の権利を信じていること、各人が自分の神を崇拝する権利を持っていること、そしてすべての人が結社の自由を持つ権利を持っていること、などである。
このように、アメリカの独立宣言や憲法を書いた人たちが「自明」としたこれらの立場は、アメリカ文明の礎となったのである。
(自明」というのは、これらの人権が、ただ真実であるというだけで自立しているため、議論に値しないという意味である。議論の余地がないことを意味している)
しかし、今日、これらのアメリカ生活の基礎となるものは、もはや「自明」ではない。
個人が生命、自由、財産に対する基本的人権を持っているかどうか、人々や組織が公に議論するようになったのだ。
ドイツの哲学者であり、世界的な共産主義革命家の師匠でもあるフリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェは、この議論を次のように端的に表現している。
「私はキリスト教を非難する。私はキリスト教を非難する。誰もが口にしたことのある、最も恐ろしい非難をキリスト教会に対して提起する。それは私にとって、考えうる最高の腐敗である」
56 ニューエイジに反対の意見を書いた作家のテクス・マーズは、彼らのキリスト教徒に対する憎しみについてこう書いた。
「ニューエイジの信者は、あの恐ろしいキリスト教徒がいなければ、あなたは次の瞬間には神になれると言われる…」
57 この考えは、もう一人の重要なニューエイジャーであるデビッド・スパングラーが、『REFLECTIONS ON THE CHRIST』という本の中で次のように書いている。
「聖典も教えも位牌も法律も、そしてマシュマロも全部持っていって、陽気に焚き火をしてマシュマロを焼いてもいい。それだけの価値があるからだ」
58 このように、ニューエイジはメイソンと同様に、キリスト教を敵とみなし、公然と議論するのではなく、侮辱や嘲笑、そして後に説明するように、殺人さえも辞さない勢力と感じている。
他の政党もこの議論に加わりたいと考えている。1911年、英国社会党は『社会主義と宗教』というパンフレットを発行し、その中で宗教についての自分たちの立場を発表している。
「したがって、社会主義が宗教の天敵であることは深遠な真理である。キリスト教社会主義者は、実際には反社会主義者である。キリスト教は...社会主義のアンチテーゼである」
59 つまり、社会主義者、ニューエイジャー、メイソンは、キリスト教徒に宣戦布告したのである。
そして、どの戦争でもそうであるように、必要であれば血を流してでも、敵を倒さなければならない。
この戦争も同じである。流血は、この戦いのすべての当事者によって予想されている。
ラベディ・ラファティとバド・ホロウェルという2人のニューエイジャーが、自分たちの宗教がキリスト教社会に対する暴力の行使をどのように是認しているかという議論を始めた。
彼らは、『THE ETERNAL DANCE』という本の中で、次のように書いた。
「今は、それを受け止める人たち(ニューエイジの人たちのようです)にとっては、チャンスの時です。他の人たち(キリスト教徒の人たちのようです)にとっては、もし地球が自分たちにふさわしくなければ、(ニューエイジの宗教を受け入れなければ)他の世界に行くことになります」
60 もう一人のニューエイジのスポークスマンであるマハリシ・マヘシ・ヨギは、ロックンロール・グループとして知られるビートルズが求めた「教祖」であり、次のように語った。
「これまでも、そしてこれからも、不適格者(明らかにキリスト教徒)の居場所はありません。適合者が導くのであって、不適格者がついてこないのであれば、(ニューエイジの宗教を受け入れないのであれば)彼らの居場所はありません。悟りの時代には、無知な人の居場所はない。不適格者の不存在は、自然の法則となっている」
61 この重要な問題に関するニューエイジの考え方を示すもう一つの例が、ニューエイジの教材を扱う書店で入手できるパンフレットである。
ニューメキシコ州のガーディアン・アクション・パブリケーションズという会社が発行したもので、タイトルは「コズミック・カウントダウン」となっている。
このパンフレットは、「高次の知性」と呼ばれるものからこれらの考えを受け取ったと主張しており、第三世界の飢餓と病気の問題に注意を向けている。
パンフレットにはこう書かれている。「世界は、何年も抑えられていた病気が突然頭をもたげ、第三世界の国々ですでに飢餓の危機に瀕している人々を壊滅させることに注意すべきである。これらの人々はいずれ、浄化された世界に出現しようとしている新しいルーツ民族に取って代わられるだろうが、今のところ、これは悲劇である」
62この言葉には、第三世界の人々が "新しいルーツの民族 "に完全に取って代わられるという信じられないシナリオが示されている。
それは決して悲劇ではない。
悲劇なのは、彼らが今、飢えや病気で死んでいることだ。
ニューエイジの千年紀には、新しい人種が世界に生息するという概念は、他の宗教の信者からも表明されている。先に紹介したルース・モンゴメリーは、その変化について書いている。
「争いや憎しみから解放され、全人類のために奉仕することを切望している。...今世紀の混乱を招いた魂(明らかにキリスト教徒とユダヤ人)は、自分たちの態度を見直すために霊界に移っているだろう」
63 ニューエイジャーが「敵」の物理的な死について語っていることを示すためには、他のニューエイジャーの著作を探してみるしかない。
新興宗教を受け入れない人々の滅亡というテーマで書いたもう一人の信者がルース・モンゴメリーだ。
彼女はMagical Blendという雑誌に掲載されたインタビュー記事を引用して、こう言っている。
「数百万人が生き残り、数百万人が生き残れない。生き残れない人は霊的な状態になる」
64 一部のニューエイジャーの間では、滅びる数の推定が行われている。
その一人がジョン・ランドルフ・プライスで、彼はテクス・マーズがニューエイジについて書いた本の中で引用している。
「ジョン・ランドルフ・プライスは、来るべき混沌の中で最大で25億人が滅びるかもしれないと、自分のスピリット・ガイドに言われた」
65 この推定値は、現在の世界人口の約半分にあたる。
新興宗教を受け入れないために死ななければならない人数についての別の推定値は、いわゆる「チベット人マスター」であるジュワル・クールが提示したもので、彼はチャネリング体験の中で、2000年までに全人類の3分の1が死ななければならないと語っている。
66 それは、約20億人だ。
チャネリングは、ニューエイジの宗教の中で起こっている奇妙な活動の一つである。
信者の中には、何年も前に生きていた人の亡くなった霊を呼び出せる能力があると主張する人がいる。
これらの霊は、多くの場合、「アセンデッド・マスター」と呼ばれ、すべての創造物の永遠の真実を発見した者であると主張する。
前述したアリス・ベイリーもその一人である。彼女の霊はDjwhal Khulと名乗り、彼女を通して次のように語ったと主張する。
「死は恐れるべき災害ではない。破壊者の仕事は、本当に残酷で望ましくないものではない...。それゆえ、計画の管理者によって多くの破壊が許され、多くの悪が善に転じているのである」
67 「計画」の内容を世界に向けて発信したのは、同じくニューエイジの指導者であるベンジャミン・クレーム氏である。
1982年4月25日、ベンジャミン・クレームは、世界中の約20の新聞に、この言葉を定義する広告を掲載した。
その広告には、次のように書かれていた。
「計画とは何か?それは、弥勒菩薩のもとに新しい世界政府と新しい世界宗教を設置することである」
68 しかし、この新宗教の教えを示す最も驚くべき例は、最も明確な作家の一人であるバーバラ・マルクス・ハバードの筆にあった。
彼女は『HAPPY BIRTHDAY PLANET EARTH』という本の中で、「選択は、自然のキリスト、普遍的な人間になることを望むか、それとも死ぬことを望むかである」と書いた。
69 「人は変わるか、死ぬか」それが選択である。
70 つまり、世界の人々は選択を迫られる。新宗教を受け入れるか、それとも死ぬことを選ぶか…
選択を迫られることになる。
過去の代表的な社会主義者の中には、自分もどちらかを選んだことがあるという人がいる。
第二次世界大戦中にドイツ政府のトップに立ったアドルフ・ヒトラーもその一人である。
彼は、第二次世界大戦中に5,000万人以上の人々を殺害したことが間違っているという信念を持っていなかった。
彼は、第二次世界大戦中に5,000万人以上の人々を殺害したことが悪いことだとは思わず、自分は目に見えない神の代理人として、好ましくないと思われる人々の人口を減らしたと考えていた。
彼は次のように書いた。
「私には、害虫のように増殖する劣等人種の何百万人もの個体を絶滅させる権利がある」
71そして、彼は自分の宗教の中で受け入れられると思われることを行った。
彼の新宗教を信じない人たちは、選択の余地がなく、滅びていった。(アドルフ・ヒトラーがニューエイジャーであったという証拠は、後に別の章で紹介する)
また、社会主義者の立場を代表する人物として、ジョージ・バーナード・ショーがいた。
彼は「社会主義への聡明な女性の手引き」という本を書き、その中で次のように述べている。
「私は、社会主義とは所得の平等か否かを意味し、社会主義の下では貧しいことは許されないことを明確にした。社会主義の下では、貧しいことは許されない。好むと好まざるとにかかわらず、強制的に食事を与えられ、衣服を着せられ、宿泊させられ、教えられ、雇用される。もしあなたにこのような苦労に見合うだけの人格と産業がないことが判明したら、親切な方法で処刑されるかもしれないが、生きることが許されている間は、しっかりと生きなければならないだろう」
72 メソニック作家のアルバート・パイクは、その著書『MORALS AND DOGMA』で次のように書き、メソニックの秩序を議論の対象とした。
「『一人の人間がどんなに小さくても、他の人間や大多数、あるいはすべての人間のために犠牲になってはならない』というのは真実ではない。それは誤りであるだけでなく、最も危険なものである。
多くの場合、一人の人間と多くの人間は、通常の意味で、多数の人間の利益のために犠牲にならなければならない。
...一人の男の利益と命さえも、しばしば国の利益と福祉のために犠牲にしなければならない」
73 宗教的見解では、「多数」の利益のために一人の命を「犠牲」にすることは殺人であり、聖書の神を信じる者はこの行為をしてはならないと言われている。
この行為に対する戒めは、旧約聖書では出エジプト記20章13節、新約聖書ではマタイ5章21節に記載されており、単純に言葉で表現されている。
「汝、殺すなかれ」
何人も他人の命を奪う権利はないという、分かりやすい原則だ。
この理解はほぼ世界中に広まっている(もちろん、人身御供やカニバリズム、殺人を容認する文化もあるが、人間の歴史の中では珍しい)
しかし、ここにきて、人種全体の虐殺を公然と主張する、全く新しい宗教観が日増しに大きくなってきている。
イルミナティの創始者であるアダム・ヴァイスハウプトは、殺人が不適切ではないというこの新しい信念を、教団への入会式に含めることによっても支持している。
彼は入門者にこう言わせている。
「我々の秘密を見よ...。すべてのキリスト教、すべての宗教を破壊するために、我々が唯一の真の宗教を持っていると偽っていたとしたら、目的は手段を正当化するということ、そして、賢者は善を行うために、悪者が悪を行うために取るあらゆる手段を取るべきであるということを忘れてはならない」
74 入門者は、自分が加入している団体の目標を達成するためには、殺人も含めてどんな手段を使ってもよいと言われた。
そして、イルミナティの大きな目標は、キリスト教を含むすべての宗教を破壊することだった。
つまり、キリスト教徒が物理的に邪魔になる場合は、単純に殺害することで排除できるということだ。
ヴァイスハウプトは、他人の命を奪うことを厭わない者はイルミナティに参加する資格がないとまで言っていた。
彼は1778年に仲間に宛てた手紙の中で次のように書いている。
「我々の教団にふさわしいのは、...どこまでも行く覚悟のない者ではない」
75 1775年にヴァイスハウプトは それをもう一度書いた。 今度は違う言葉を使っている。
「これは秘密結社以外の方法ではできない。彼らは徐々に、そして静かに、国家の政府を自分たちのものとし、この目的のために、邪悪な者が基本的な目的を達成するために使用する手段を利用するのである」
76 ヴァイスハウプトは、政府の力の大きさを認識し、その力をメンバーに求めていた。
彼は自分の組織を政府に浸透させた。
そして、イルミナティの目的を達成するために、言葉では言い表せないような目的を持っていたのである。
彼はさらに、目的を達成するためであれば、メンバーが嘘をついて真実を歪曲することを許可した。彼は次のように書いた。
「宗教や国家に対する我々の目的を裏切るような目的を、一つでも目にしてはならない。ある時は一方的に、またある時は他方的に話さなければならないが、決して矛盾しないように、そして我々の真の考え方に関しては、不可解にならないようにしなければならない」
77 秘密結社の頂点に立つまでの道のりのどこかで、イニシエートたちが取る誓いの完璧な例は、ジョージ・オーウェルが書いた『1984年』という本の中で紹介されている。
オーウェル氏は、物語の中でブラザーフッドと呼ばれる秘密結社の入門者に、次のような質問をさせている。
「あなたは命を捧げる覚悟がありますか?命を捧げる覚悟はありますか、殺人を犯す覚悟はありますか。
命を捧げる覚悟はあるか? 殺人を犯す覚悟はあるか? 何百人もの無実の人々を死なせる可能性のある破壊行為を行う覚悟はあるか?
あなたは自分の国を外国の勢力に裏切る覚悟がありますか? 騙したり、偽造したり、恐喝したり、子供の心を汚したり、中毒性のある薬物を配布したり、売春を奨励したり、性病を広めたり、国民の士気を低下させ、力を弱める可能性のあることを何でもする覚悟はあるか?
我々が自殺を命じた場合、そしてその時には、自殺する覚悟はあるか?」
78これは「目的は手段を正当化する」という哲学の一例である。
イニシエートは、その行為がブラザーフッドのためになるのであれば、要求された通りにすべきである。
このような誓いのもとでは、道徳は存在しない。
だから、不適格者、新宗教を採用したくない者の殺害は容認される。
そして、抹殺する者は後悔の念を抱くことはない。
新時代の宗教の見解では、殺人者は人類によく貢献したとされる。
しかし、このように地球上のすべての人間の生きる権利を無慈悲に無視することは、以前から予言されていた。
新約聖書では、ヨハネが感動してヨハネの福音書6章12節にこう書いている。
「ああ、あなたがたを殺す者は、神に仕えていると思う時が来る。新世界秩序は、血の海に乗ってやってくる」
わくパス、子供への💉、3回目💉…ため息が…。
娘が💉していないので、修学旅行に行けないかも、と。
本人は納得していますが、呆れた世の中です。
HKさんのブログ、情報を参考に、生きのびて、平和な地球を取り戻す為に何ができるか模索したいと思います。
いつもありがとうございます。
Pomokoさん、コメントありがとうございます。
娘さんが修学旅行を犠牲にする覚悟があって、素晴らしいですね。
命のリスクを負ってまで、修学旅行に行く必要は有りません。
分かってはいても、なかなか感情的には難しいですよね。
僕ももし自分の娘が接種が条件となったら、無理矢理にでもやめさせます。
娘を守るのが親の務めですからね。
はじめまして。毎日世界の情報をブログで発信してくださり、どうもありがとうございます。
私はイエス・キリストの贖いによって救われたことを確信するキリスト者です。ブログ主さまとはお会いしたこともありませんが、キリストにあって心を一つにしているわけです。そのような方が発信している情報というのは、とても特別であり、いつも楽しみに観覧させていただいています。
私は艱難期前携挙説を信じています。ムシのいい、都合のよい解釈だ、という方々がいるのは承知しておりますが、聖書に照らして一番整合性があり、決して非聖書的な解釈ではありません。ただこれをめぐって分裂をしても、何の益もなく、携挙の時期の解釈で「救い」が変わってくるわけでもありませんので、お互いを尊重して、ひとつお分かちしたいことがあります。
最近、とても熱心に聖書を読むようになりました。そして、艱難前携挙を確信するようになりました。これまでも信仰を持っていましたが、いわゆる眠っていた状態で、熱くもなく冷たくもなく生ぬるい状態でした。それが、艱難期前携挙を確信するにいたってから、私の生活と行動が全く変わりました。私は家族でただ一人のクリスチャンなのですが、家族にイエスについて話をするようになり、熱心に祈るようになったんです。これは、私のちからではありません。
繰り返しますが、分裂をもたらすことが目的ではなく、ただ携挙について、さらに聖書を読み深めていきませんかという一言がいいたいために、投稿させてい
マグダレナさん、コメントありがとうございます。
携挙は患難前がいいですよね。
虫の良い話とは思ってませんよ、守られるのは聖書的だと思います。
ただ、どちらの話も「なるほど」と納得してしまうのです。
だから今は僕的にはどちらでもよくて、殉教の覚悟さえしとけば良いという感じです。
僕もこれからもっと勉強しようと思います。
クリスチャンの方が読んで下さって、とても嬉しいです。
僕はどちらの説の方とも学びあえるので、また良かったら教えて下さい。